もし、貴方が僕を好きだと言ってくれたら、僕は貴方を抱きしめたい。

もし、貴方が泣くのなら、一晩中一緒にいたい。




もし、明日で世界が終わるとしたら、僕は、貴方と手を繋いでいたい。





―貴方と僕―







面倒くさいことは嫌いだ。
昔からそういうことを避けてきたせいか、未だにそう言った感情は残っている。
できるなら、自分の損になることはしたくないし、そのために嘘をつくことは苦ではない。
怪我をするけど得をするなんてよりは、得もしないけど損もしない方が断然いい。
だから、今日も、何も言わない。


「おじゃましまーす!!」


ソファにずっしりと体を沈めていたキュヒョンは、オフの日には酷く耳障りなドンへの声に眉を寄せる。
「どうぞ」と言うキュヒョンの言葉をおそらく聞いていないであろうドンへは、音を立ててリビングのドアを開ける。


「あれ?なんだ、キュヒョナだけ?」

「いいえ。ソンミニヒョンは部屋にいますけど。」



別に誰もソンミンの居場所を聞いていないというのに、いつもの癖か、ついつい唇から言葉が漏れた。
しかし、それを当たり前のように聞き取ったドンへは、その整った顔をくしゃりと緩ませた。



「そっか、ありがと。」



ポンと軽くキュヒョンの頭に手を乗せたドンへは、鼻歌を歌って遠ざかっていく。
その足取りが心なしか軽く見えることに、キュヒョンの顔は強張る。


―別に、ソンミニヒョンとドンへヒョンが付き合っていたって、関係ないじゃないか―――――


あの二人がそういう関係であると知って、初めて妙な感情に捕らわれた日、キュヒョンはそう言い聞かせた。
あのころは何の気なしに言えていた「付き合っている」は、今では「そういう関係」に変わっている。
苦しい。その事実を認めることが、辛くて、苦しい。
トントン、と軽く胸元を叩くと、その音にかぶさるように、リビングのドアが開き、ふわりと甘い香りが漂う。


「あ…キュヒョナじゃん。」

ふにゃりと笑ったソンミンは、引きずる様な足取りで台所へ向かう。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを口に流し込むと、その白い喉の中心がしなやかに上下した。


「せっかくのオフなのに、何もしないの?」

「まあ…ヒョン達の邪魔だったら、どっか行きますけど。」


できるだけ皮肉を込めて言ったのに、耳に届いた自分の声は泣いているように聞こえた。
情けなさよりも、悔しさよりも、悲しさが込み上げる。
ソンミンを見ると、困ったような笑顔を作って、優しくキュヒョンを見つめていた。


「キュヒョナはここに居てよ。その方が安心するし。」

「安心?」


キュヒョンが小首を傾げると、つられた様にソンミンの首が曲がる。
その仕草が可愛くて、愛しくて、キュヒョンは片眉をピクリと上げる。


「実はさ、まだちょっと慣れてないんだよ。ドンへと二人きりでいるの…」


照れたようにもじもじと俯いたソンミンの顔は真っ赤で、伸びた髪からちらりと見える耳までもが真っ赤だ。
触れてみたい。当たり前のようにそう思ったけど、焦ったキュヒョンは軽く頭を振る。


「その分さ、キュヒョナとはずっと一緒にいたし、気が合うし…なんていうか、一緒にいて落ち着くんだ」


ソンミンの顔が上がる。
さっきとは対照的に、柔らかく、包み込むような笑顔を、キュヒョンに向けている。



「キュヒョナがいてくれて、良かったよ、ホント。」


今度は少しだけ頬を染めて、ソンミンは足早にリビングを出る。
一人残されたキュヒョンを取り巻く空気が、ほんのちょっと温度を上げた気がした。



―キュヒョナがいてくれて、良かったよ、ホント。


ヒョンはバカだ。
その言葉が、どれほど残酷か知らずに、平気で、笑って言う。
もう、その眩しい笑顔でさえ、俺の心を締め付けるのに。


ヒョンの言葉が、頭の中で、心で、只管こだまする。
ドンへのことを思って真っ赤にした顔とその言葉を重ねてみると、なんだか自分を思って赤くなっていると
思えて、頬が緩む。


それでも、多分、今の俺は、泣きそうな顔をしている。




リビングには誰もいない。
それなのに、ヒョンの香りが、体温が、声が、笑顔が、いつまでも、こびりついて離れなかった。







 *******


もし、貴方が僕にさよならと言ったら、僕は笑って別れたい。

もし、貴方が僕のせいで傷ついたら、僕はもう貴方の前に現れない。



それでも、もし、明日で世界が終わるとしたら、やっぱり、貴方と手を繋いでいたい。








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