煌びやかな衣装を身にまとった姫たちが、優雅に会場内を舞う。
姫たちと手を取り合ってしなやかに動く王子たちは、目に痛いほど輝いている。
―音のない夢をあなたに。―
「どうしよう…」
小声でポツリと言ったソンミンは、ハッとして口を押えた。
慌てて周りを見渡して、近くに誰もいないことを確認して、ホッとため息を漏らす。
『貴方は本来舞踏会には出席できない身分です。今回は王妃の振りをして出て頂くだけです。
なので当然ながら、仮面をはずすことも、声を出すことも許されませんよ。』
ソンミンは項垂れる。
こんな広い会場で、いつも使用人として仕えている自分が、王妃になりきれるわけがない。
それに、出席届を出した後に王妃が寝込むなんて考えていなかったとしても、
いくらなんでもこの扱いは酷すぎる。
ソンミンはフラフラと会場の端の方へ向かう。
何ならパーティーが終わるまで、ここにいたっていいんだ。
ソンミンが大きくため息をつくと、フッと目の前に影がかかる。
「お暇なら、よろしければご一緒に踊りませんか?」
「へ…?」
いきなり声をかけられて、思わずソンミンは声を上げてしまう。
慌てて俯いたが、相手はそれを全く気にしていないようだった。
ソンミンが恐る恐る顔を上げる。
目の前には、すらりと細く、端正な顔立ちをしている若い男が立っていた。
「すみません、いきなり…とても美しい方だったので」
恐縮したように言う彼に、ソンミンは黙って首を横に振った。
名前を呼ばれなかったことから、きっと彼は王妃のことを知らないのだろう。
なんだか妙な安心感に包まれて、ソンミンは体の力を抜いた。
「あの…よろしければ、踊りませんか?」
おずおずと彼の手がソンミンの前に差し出される。
白くて長く、綺麗な手。吸い寄せられるように、ソンミンは手を重ねていた。
「では、私に身を委ねて。」
黙りこくっているソンミンを、ダンスの初心者だと思ったのか、
彼は優しくソンミンの手を引いてステップを踏む。
もっとも、確かにソンミンはダンス初心者だった。
それでも、彼の穏やかで優しいリードの身を委ねていると、流れる様な動きができる。
「とても上手ですよ、綺麗です。」
彼はソンミンの耳元で、熱っぽく言った。
滑らかなリズムと彼の甘い声で、ソンミンは次第に気分がよくなってくる。
あれほど憂鬱だった舞踏会が、一瞬にして華やかなものに変わってしまった。
ソンミンは彼の顔を見上げる。
長いまつげの奥に見える瞳は、心なしか熱を持っているように見える。
そう思うと、不自然なくらい心拍数が上がって、ソンミンは小さく深呼吸をした。
この胸の高鳴りが、悟られぬように。
最後のステップを踏み終わると、彼は掴んでいたソンミンの右手の甲にキスを落とす。
それがダンス終了の合図だと気づくまでには、酷く時間がかかってしまったけれど。
「とってもお上手でしたよ。」
彼はにっこりと笑って、優しくソンミンの手を下ろす。
温もりを失った手が妙に寂しく思えた。
「私、貴方のこと、もっと知りたくなりました」
とろけるような笑顔で言われてしまえば、もう拒否する理由なんてなくなってしまう。
*******
彼、もといキュヒョンとは、びっくりするぐらいすぐに打ち解けた。
あの後、会場を抜けて、少し離れたところにある休憩所で、二人はずっと話をしていた。
話すといっても、ソンミンは声が出せない。
それを察してか、キュヒョンは着くなり、すぐに名乗ってくれた。
「私はキュヒョンと申します。貴方は…?」
ソンミンが返事に困っていると、キュヒョンは優しく笑った。
「じゃあ、ミニと呼んでも、宜しいですか?」
ソンミンは大きく頷く。
さすがに名前を当てるなんてことはできないが、キュヒョンはそこそこ感もいい。
それでいて気さくで優しいし、笑顔も声も、ソンミンの心に残って離れない。
話という話にはなっていないかもしれないけど、キュヒョンの言う話は、
ほとんど共感できる。
だからそのたび、ソンミンはできるだけ大きく相槌を打っていた。
「それでその時、使用人が間違えてしまって…」
キュヒョンの話に、ソンミンはクスクスと肩を揺らして笑った。
何よりキュヒョンといると落ち着いて、自然に笑みが零れる。
ソンミンが笑っていると、キュヒョンの手がソンミンの肩に乗る。
ビクッとして、ソンミンは動きを止めた。
キュヒョンはじっとソンミンを見つめる。
ワインを飲んだせいか、その瞳はやはり熱っぽかった。
「ミニ…私は、どうすればいい…?」
ソンミンが眉を下げで首を傾げると、キュヒョンは申し訳なさそうに言った。
「今日会ったばかりだというのに、ミニに惹かれている…」
ドクン、と心臓が音を立てる。
肩に置かれたキュヒョンの手は、いつの間にか力強く、ソンミンの肩を掴んでいた。
「ミニのこと、好きになってしまったかもしれない…」
言葉を交わす前に、掴まれた肩が引き寄せられる。
グンとキュヒョンとの距離が近くなったと思えば、全身、キュヒョンの香りに包まれる。
背中に回されたキュヒョンの腕が力強くて、なんだか心臓が煩い。
「声が聞きたい…ミニ。」
ソンミンの体がビクッと反応すると、キュヒョンはそれを宥めるように背中を撫でた。
声が聞きたい、なんて。そんなことを言われたら、今すぐにでも叫びたくなる。
でも、自分は王妃じゃなくて、もっと言えば女でもない。
今は絶対に、キュヒョンにガッカリさせたくない。
ソンミンが黙ってしまうと、キュヒョンはゆっくりとソンミンを離した。
「好きだよ、ミニ…」
「……」
「キス、してもいい?」
ソンミンが頷く前に、キュヒョンの両手が添えられている肩がキュヒョンに近づく。
少し腰を屈めたキュヒョンの顔が、首を傾げたような角度でどんどん近くなっていく。
ああ、今、声を出せたら、全て打ち明けられるのに。
ソンミンが強めに瞳を閉じると、柔らかく暖かい感触が唇を伝う。
声にならないのなら、唇から思いが全て、伝わってしまえばいいのに。
「…ミニ」
そっと唇を離したキュヒョンが、ソンミンの頬を撫でる。
なんだか途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになって、ソンミンは俯いてしまう。
ごめん。ごめんね、キュヒョン。
僕、女じゃないんだ。それも、ただの使用人なんだよ。
言わなくちゃいけないことだったのに、言えないでよかったとも思う。
言ってしまったら、キュヒョンが離れていってしまうから。それなら、僕は…
「愛してるよ、ミニ」
再び、キュヒョンの唇の感触が降り注ぐ。
心の中にある言いたいことが溢れそうなのに、声は全く出なかった。
このキスが、ずっとずっと続けばいいのに…
星空の下、重なっていた二つの影がゆっくりと離れる。
ソンミンはキュヒョナに抱きしめられて、すっぽりと腕の中に収まった。
「返事、くれる?」
不安そうに聞くキュヒョンが切なくて、ソンミンは何度も首を横に振った。
ごめん、と何度も謝りながら、キュヒョンの腕の中で、漏れる嗚咽をこらえていた。
「ねえ、ミニ」
キュヒョンは優しく、ソンミンの頭を撫でる。
薄い金髪にウェーブのかかったソンミンの髪の毛が、キュヒョンの指の間を潜る。
「返事は、ミニの声で聞きたいよ…」
好きだよ。愛してる。傍にいて。一緒にいたい。
声にだせるなら、いくらだって言う。
でも、キュヒョンはきっと、僕から離れていってしまうだろう。
ソンミンは嗚咽を飲み込む。
一つ、大きな深呼吸をすると、それに被さるように、盛大な鐘の音がなった。
「あ…もう、時間だ…」
キュヒョンは残念そうに笑いながら、ソンミンと体を離した。
辺りを見回すと、ぞろぞろと皆が外へと足を進めている。
「ね、ミニ」
キュヒョンは、しっかりとソンミンを見つめて、言った。
「次会ったら、ちゃんとミニの声で返事して。」
キュヒョンは優しくソンミンの前髪を上げて、額にキスをする。
そしてまた、とろけるような笑顔を向け、耳元で低く呟いた。
「またね、ミニ」
―次会ったら、その時は…
例え声を出してはいけなくても、ちゃんと伝えるから。
ソンミンはキュヒョンの後姿を見つめる。
遠ざかっていく分、なんだか魔法が解けていく気がする。
愛しいあなたにもう一度会って、素直な気持ちを全て伝える。
願わくば、そんな夢のような出来事を。
姫たちと手を取り合ってしなやかに動く王子たちは、目に痛いほど輝いている。
―音のない夢をあなたに。―
「どうしよう…」
小声でポツリと言ったソンミンは、ハッとして口を押えた。
慌てて周りを見渡して、近くに誰もいないことを確認して、ホッとため息を漏らす。
『貴方は本来舞踏会には出席できない身分です。今回は王妃の振りをして出て頂くだけです。
なので当然ながら、仮面をはずすことも、声を出すことも許されませんよ。』
ソンミンは項垂れる。
こんな広い会場で、いつも使用人として仕えている自分が、王妃になりきれるわけがない。
それに、出席届を出した後に王妃が寝込むなんて考えていなかったとしても、
いくらなんでもこの扱いは酷すぎる。
ソンミンはフラフラと会場の端の方へ向かう。
何ならパーティーが終わるまで、ここにいたっていいんだ。
ソンミンが大きくため息をつくと、フッと目の前に影がかかる。
「お暇なら、よろしければご一緒に踊りませんか?」
「へ…?」
いきなり声をかけられて、思わずソンミンは声を上げてしまう。
慌てて俯いたが、相手はそれを全く気にしていないようだった。
ソンミンが恐る恐る顔を上げる。
目の前には、すらりと細く、端正な顔立ちをしている若い男が立っていた。
「すみません、いきなり…とても美しい方だったので」
恐縮したように言う彼に、ソンミンは黙って首を横に振った。
名前を呼ばれなかったことから、きっと彼は王妃のことを知らないのだろう。
なんだか妙な安心感に包まれて、ソンミンは体の力を抜いた。
「あの…よろしければ、踊りませんか?」
おずおずと彼の手がソンミンの前に差し出される。
白くて長く、綺麗な手。吸い寄せられるように、ソンミンは手を重ねていた。
「では、私に身を委ねて。」
黙りこくっているソンミンを、ダンスの初心者だと思ったのか、
彼は優しくソンミンの手を引いてステップを踏む。
もっとも、確かにソンミンはダンス初心者だった。
それでも、彼の穏やかで優しいリードの身を委ねていると、流れる様な動きができる。
「とても上手ですよ、綺麗です。」
彼はソンミンの耳元で、熱っぽく言った。
滑らかなリズムと彼の甘い声で、ソンミンは次第に気分がよくなってくる。
あれほど憂鬱だった舞踏会が、一瞬にして華やかなものに変わってしまった。
ソンミンは彼の顔を見上げる。
長いまつげの奥に見える瞳は、心なしか熱を持っているように見える。
そう思うと、不自然なくらい心拍数が上がって、ソンミンは小さく深呼吸をした。
この胸の高鳴りが、悟られぬように。
最後のステップを踏み終わると、彼は掴んでいたソンミンの右手の甲にキスを落とす。
それがダンス終了の合図だと気づくまでには、酷く時間がかかってしまったけれど。
「とってもお上手でしたよ。」
彼はにっこりと笑って、優しくソンミンの手を下ろす。
温もりを失った手が妙に寂しく思えた。
「私、貴方のこと、もっと知りたくなりました」
とろけるような笑顔で言われてしまえば、もう拒否する理由なんてなくなってしまう。
*******
彼、もといキュヒョンとは、びっくりするぐらいすぐに打ち解けた。
あの後、会場を抜けて、少し離れたところにある休憩所で、二人はずっと話をしていた。
話すといっても、ソンミンは声が出せない。
それを察してか、キュヒョンは着くなり、すぐに名乗ってくれた。
「私はキュヒョンと申します。貴方は…?」
ソンミンが返事に困っていると、キュヒョンは優しく笑った。
「じゃあ、ミニと呼んでも、宜しいですか?」
ソンミンは大きく頷く。
さすがに名前を当てるなんてことはできないが、キュヒョンはそこそこ感もいい。
それでいて気さくで優しいし、笑顔も声も、ソンミンの心に残って離れない。
話という話にはなっていないかもしれないけど、キュヒョンの言う話は、
ほとんど共感できる。
だからそのたび、ソンミンはできるだけ大きく相槌を打っていた。
「それでその時、使用人が間違えてしまって…」
キュヒョンの話に、ソンミンはクスクスと肩を揺らして笑った。
何よりキュヒョンといると落ち着いて、自然に笑みが零れる。
ソンミンが笑っていると、キュヒョンの手がソンミンの肩に乗る。
ビクッとして、ソンミンは動きを止めた。
キュヒョンはじっとソンミンを見つめる。
ワインを飲んだせいか、その瞳はやはり熱っぽかった。
「ミニ…私は、どうすればいい…?」
ソンミンが眉を下げで首を傾げると、キュヒョンは申し訳なさそうに言った。
「今日会ったばかりだというのに、ミニに惹かれている…」
ドクン、と心臓が音を立てる。
肩に置かれたキュヒョンの手は、いつの間にか力強く、ソンミンの肩を掴んでいた。
「ミニのこと、好きになってしまったかもしれない…」
言葉を交わす前に、掴まれた肩が引き寄せられる。
グンとキュヒョンとの距離が近くなったと思えば、全身、キュヒョンの香りに包まれる。
背中に回されたキュヒョンの腕が力強くて、なんだか心臓が煩い。
「声が聞きたい…ミニ。」
ソンミンの体がビクッと反応すると、キュヒョンはそれを宥めるように背中を撫でた。
声が聞きたい、なんて。そんなことを言われたら、今すぐにでも叫びたくなる。
でも、自分は王妃じゃなくて、もっと言えば女でもない。
今は絶対に、キュヒョンにガッカリさせたくない。
ソンミンが黙ってしまうと、キュヒョンはゆっくりとソンミンを離した。
「好きだよ、ミニ…」
「……」
「キス、してもいい?」
ソンミンが頷く前に、キュヒョンの両手が添えられている肩がキュヒョンに近づく。
少し腰を屈めたキュヒョンの顔が、首を傾げたような角度でどんどん近くなっていく。
ああ、今、声を出せたら、全て打ち明けられるのに。
ソンミンが強めに瞳を閉じると、柔らかく暖かい感触が唇を伝う。
声にならないのなら、唇から思いが全て、伝わってしまえばいいのに。
「…ミニ」
そっと唇を離したキュヒョンが、ソンミンの頬を撫でる。
なんだか途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになって、ソンミンは俯いてしまう。
ごめん。ごめんね、キュヒョン。
僕、女じゃないんだ。それも、ただの使用人なんだよ。
言わなくちゃいけないことだったのに、言えないでよかったとも思う。
言ってしまったら、キュヒョンが離れていってしまうから。それなら、僕は…
「愛してるよ、ミニ」
再び、キュヒョンの唇の感触が降り注ぐ。
心の中にある言いたいことが溢れそうなのに、声は全く出なかった。
このキスが、ずっとずっと続けばいいのに…
星空の下、重なっていた二つの影がゆっくりと離れる。
ソンミンはキュヒョナに抱きしめられて、すっぽりと腕の中に収まった。
「返事、くれる?」
不安そうに聞くキュヒョンが切なくて、ソンミンは何度も首を横に振った。
ごめん、と何度も謝りながら、キュヒョンの腕の中で、漏れる嗚咽をこらえていた。
「ねえ、ミニ」
キュヒョンは優しく、ソンミンの頭を撫でる。
薄い金髪にウェーブのかかったソンミンの髪の毛が、キュヒョンの指の間を潜る。
「返事は、ミニの声で聞きたいよ…」
好きだよ。愛してる。傍にいて。一緒にいたい。
声にだせるなら、いくらだって言う。
でも、キュヒョンはきっと、僕から離れていってしまうだろう。
ソンミンは嗚咽を飲み込む。
一つ、大きな深呼吸をすると、それに被さるように、盛大な鐘の音がなった。
「あ…もう、時間だ…」
キュヒョンは残念そうに笑いながら、ソンミンと体を離した。
辺りを見回すと、ぞろぞろと皆が外へと足を進めている。
「ね、ミニ」
キュヒョンは、しっかりとソンミンを見つめて、言った。
「次会ったら、ちゃんとミニの声で返事して。」
キュヒョンは優しくソンミンの前髪を上げて、額にキスをする。
そしてまた、とろけるような笑顔を向け、耳元で低く呟いた。
「またね、ミニ」
―次会ったら、その時は…
例え声を出してはいけなくても、ちゃんと伝えるから。
ソンミンはキュヒョンの後姿を見つめる。
遠ざかっていく分、なんだか魔法が解けていく気がする。
愛しいあなたにもう一度会って、素直な気持ちを全て伝える。
願わくば、そんな夢のような出来事を。
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