※「音のない夢をあなたに。」続編
あの一夜が夢だったかのように、過ぎ去っていく日々はつまらなかった。
こんなに広い屋敷で、僕は何をして生きていけばいいんだろう。
退屈すぎて、切なすぎて、虚しすぎる。
キュヒョン。君がいないから。
―愛のある夢をあなたに。―
「お客様とは…?」
「それがよく分からなくて…ソンミンを呼んでくれとだけ頼まれたから…」
ソンミンのもとに来客が訪れたのは、あの一夜から二週間ほどたったころのことだった。
使用人相手に身内以外の客が来るのは珍しい。門番も目をうろうろさせて動揺している。
「今待たせてるから。行くなら気を付けて行って来い」
「はい…」
ソンミンが門へ向かうと、門番が呼び止めた。
「念のため、言語には注意しろ。」
「え…?何故ですか?」
「…相手は、どこかの貴族だ」
もしかしたら舞踏会に来ていたかもしれない、と、門番は心配そうに言った。
背筋がゾクリとする。鼓動がやけに速くなる。もしかして…もしかしたら…
そこまで駆け廻っていた考えが、ぱたりと途切れる。
期待は不安に変わって、不安は恐れに変わった。
「あの…聞いてもいいですか?」
「…ああ。」
「その人は、貴方になんて言ったんですか?」
「ソンミンを呼んでくれ、と言ったが?」
キュヒョン、どうして…。
体が徐々に震えてくる。
相手がキュヒョンだと決まったわけじゃないのに、涙が瞳の淵を濡らす。
ソンミンは門番に会釈をして、足早にその場から抜ける。
鉄製の重たい門の前に着くと、ソンミンは大きく深呼吸をした。
震える手で門を押すと、一気に眩しい光が、ソンミンの目の前に広がった。
「…久しぶり、ミニ。」
光の中で、愛おしそうに微笑むキュヒョンがいた。
*******
どうして、僕の名前が分かったの?
最初から、僕のことなんて全部分かってた?
不安で泣きたくなる。今キュヒョンは、目の前にいる自分のことをどう思っているのだろう。
ニコニコと微笑むキュヒョンの瞳に映る自分は、どこからどう見ても男だ。
「…何しに来たの…?」
「ミニに会いに来た。」
怪訝そうに聞くと、あの時と同じような甘い声で返される。
キュヒョンは微笑んだままソンミンを見つめている。だけど当然、もうソンミンを女だとは
思っていないはずだ。もしかしたら…初めから。
「僕…王妃じゃないよ」
「うん、知ってる」
「僕、男なんだよ…?」
泣きそうな声でソンミンが言うと、キュヒョンは優しく笑う。
ポン、とソンミンの頭に手を置いて、愛おしそうに撫でる。
ソンミンは俯いたまま、顔を上げられない。
もし今キュヒョンと目を合わせたら、何を言い出すか分からない。
ソンミンがギュッと唇を噛み締めると、頭上から低めの声がした。
「初めから…全部知ってたよ、そんなの。」
頭に置かれていたキュヒョンの手が後頭部に回り、グイッと引き寄せられる。
すっぽりとキュヒョンの腕の中に収まったソンミンは、嗚咽が聞こえないよう、
キュヒョンの胸に顔を押し付けた。
嬉しいんだ、今は。多分、きっと。
「ずっとずっと、ミニを探してきたんだ…」
―あの日から、ずっと…
キュヒョンがぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。
体に回された腕に力がこもった気がするのは、勘違いではないのかもしれない。
少しだけ、僕はこのまま、君を愛していけると思った。
*******
ある舞踏会の夜。
両親を亡くして親戚に引き取られ、貴族の右も左も分からなかった。
そんな中での舞踏会は、予想通り…いや、予想以上にだめだめだった。
「貴方、とても美しいお顔立ちなのに、もったいないわ」
そう言って手を差し伸べてくれた人のことを、今でもはっきりと覚えている。
とても美しく、綺麗で、品があって。
いくら貴族になり立てだからといって、彼女のことは分かった。
「王妃…」
彼女は優しく微笑んで、キュヒョンの額にキスを落とす。
目を大きく見開いて驚くキュヒョンに苦笑しながら、王妃は言った。
「貴方、お屋敷にいらっしゃらない?」
多分、逃げ出したかった。
こんな窮屈で面倒な世界から離れて、胸いっぱいに深呼吸をしたかった。
だから、言われるがままについていった。
でも僕は、後悔なんてこれっぽっちもしていない。
…ねえ、ミニ。信じてくれる?
「今日はここでゆっくり休みなさい。自由に使っていいわ。」
キュヒョンが通された部屋は、とても部屋とは思えないところだった。
何よりも広すぎる。一軒家とも受け取れる場所で、王妃が部屋を出ていくまで、キュヒョンはただ立ち尽くした。
…とはいっても、これでも貴族の一員だ。
ただ唖然と立ち尽くしていてはいけない。しかも、王妃相手に。
キュヒョンは部屋を出る。
相変わらず広すぎる屋敷は、王妃を探すだけでも何時間かかるか分からない。
「あ、あの…」
キュヒョンは部屋のすぐそばを忙しそうに動き回る使用人に声をかける。
ゆっくりとキュヒョンの方を見た使用人は、ふわっと柔らかい笑顔を浮かべた。
「何か御用でも?」
「あ、いえ、あの…」
キュヒョンは思わずしどろもどろになってしまう。
だって驚いた。こんなにも笑顔が可愛い人だったなんて。
甘ったるい声に、真っ白い肌に、目を引きつけて離さない笑顔。
いつまでも使用人を見つめて固まってしまっているキュヒョンに、
クスクスと使用人は肩を揺らして笑った。
「また御用がありましたら、声をかけてくださいね。」
―こんなの、ズルい…
そんな顔で微笑まれると、忘れられないなんて当たり前なのに。
惹かれてしまうのは、当たり前なのに。
僕はその日から、彼のことを想い続けている。
あの夢みたいな夜、美しいあなたを見つけて、今こうして、あなたを抱きしめるまで。
そしてこれからも、ずっと…
あの一夜が夢だったかのように、過ぎ去っていく日々はつまらなかった。
こんなに広い屋敷で、僕は何をして生きていけばいいんだろう。
退屈すぎて、切なすぎて、虚しすぎる。
キュヒョン。君がいないから。
―愛のある夢をあなたに。―
「お客様とは…?」
「それがよく分からなくて…ソンミンを呼んでくれとだけ頼まれたから…」
ソンミンのもとに来客が訪れたのは、あの一夜から二週間ほどたったころのことだった。
使用人相手に身内以外の客が来るのは珍しい。門番も目をうろうろさせて動揺している。
「今待たせてるから。行くなら気を付けて行って来い」
「はい…」
ソンミンが門へ向かうと、門番が呼び止めた。
「念のため、言語には注意しろ。」
「え…?何故ですか?」
「…相手は、どこかの貴族だ」
もしかしたら舞踏会に来ていたかもしれない、と、門番は心配そうに言った。
背筋がゾクリとする。鼓動がやけに速くなる。もしかして…もしかしたら…
そこまで駆け廻っていた考えが、ぱたりと途切れる。
期待は不安に変わって、不安は恐れに変わった。
「あの…聞いてもいいですか?」
「…ああ。」
「その人は、貴方になんて言ったんですか?」
「ソンミンを呼んでくれ、と言ったが?」
キュヒョン、どうして…。
体が徐々に震えてくる。
相手がキュヒョンだと決まったわけじゃないのに、涙が瞳の淵を濡らす。
ソンミンは門番に会釈をして、足早にその場から抜ける。
鉄製の重たい門の前に着くと、ソンミンは大きく深呼吸をした。
震える手で門を押すと、一気に眩しい光が、ソンミンの目の前に広がった。
「…久しぶり、ミニ。」
光の中で、愛おしそうに微笑むキュヒョンがいた。
*******
どうして、僕の名前が分かったの?
最初から、僕のことなんて全部分かってた?
不安で泣きたくなる。今キュヒョンは、目の前にいる自分のことをどう思っているのだろう。
ニコニコと微笑むキュヒョンの瞳に映る自分は、どこからどう見ても男だ。
「…何しに来たの…?」
「ミニに会いに来た。」
怪訝そうに聞くと、あの時と同じような甘い声で返される。
キュヒョンは微笑んだままソンミンを見つめている。だけど当然、もうソンミンを女だとは
思っていないはずだ。もしかしたら…初めから。
「僕…王妃じゃないよ」
「うん、知ってる」
「僕、男なんだよ…?」
泣きそうな声でソンミンが言うと、キュヒョンは優しく笑う。
ポン、とソンミンの頭に手を置いて、愛おしそうに撫でる。
ソンミンは俯いたまま、顔を上げられない。
もし今キュヒョンと目を合わせたら、何を言い出すか分からない。
ソンミンがギュッと唇を噛み締めると、頭上から低めの声がした。
「初めから…全部知ってたよ、そんなの。」
頭に置かれていたキュヒョンの手が後頭部に回り、グイッと引き寄せられる。
すっぽりとキュヒョンの腕の中に収まったソンミンは、嗚咽が聞こえないよう、
キュヒョンの胸に顔を押し付けた。
嬉しいんだ、今は。多分、きっと。
「ずっとずっと、ミニを探してきたんだ…」
―あの日から、ずっと…
キュヒョンがぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。
体に回された腕に力がこもった気がするのは、勘違いではないのかもしれない。
少しだけ、僕はこのまま、君を愛していけると思った。
*******
ある舞踏会の夜。
両親を亡くして親戚に引き取られ、貴族の右も左も分からなかった。
そんな中での舞踏会は、予想通り…いや、予想以上にだめだめだった。
「貴方、とても美しいお顔立ちなのに、もったいないわ」
そう言って手を差し伸べてくれた人のことを、今でもはっきりと覚えている。
とても美しく、綺麗で、品があって。
いくら貴族になり立てだからといって、彼女のことは分かった。
「王妃…」
彼女は優しく微笑んで、キュヒョンの額にキスを落とす。
目を大きく見開いて驚くキュヒョンに苦笑しながら、王妃は言った。
「貴方、お屋敷にいらっしゃらない?」
多分、逃げ出したかった。
こんな窮屈で面倒な世界から離れて、胸いっぱいに深呼吸をしたかった。
だから、言われるがままについていった。
でも僕は、後悔なんてこれっぽっちもしていない。
…ねえ、ミニ。信じてくれる?
「今日はここでゆっくり休みなさい。自由に使っていいわ。」
キュヒョンが通された部屋は、とても部屋とは思えないところだった。
何よりも広すぎる。一軒家とも受け取れる場所で、王妃が部屋を出ていくまで、キュヒョンはただ立ち尽くした。
…とはいっても、これでも貴族の一員だ。
ただ唖然と立ち尽くしていてはいけない。しかも、王妃相手に。
キュヒョンは部屋を出る。
相変わらず広すぎる屋敷は、王妃を探すだけでも何時間かかるか分からない。
「あ、あの…」
キュヒョンは部屋のすぐそばを忙しそうに動き回る使用人に声をかける。
ゆっくりとキュヒョンの方を見た使用人は、ふわっと柔らかい笑顔を浮かべた。
「何か御用でも?」
「あ、いえ、あの…」
キュヒョンは思わずしどろもどろになってしまう。
だって驚いた。こんなにも笑顔が可愛い人だったなんて。
甘ったるい声に、真っ白い肌に、目を引きつけて離さない笑顔。
いつまでも使用人を見つめて固まってしまっているキュヒョンに、
クスクスと使用人は肩を揺らして笑った。
「また御用がありましたら、声をかけてくださいね。」
―こんなの、ズルい…
そんな顔で微笑まれると、忘れられないなんて当たり前なのに。
惹かれてしまうのは、当たり前なのに。
僕はその日から、彼のことを想い続けている。
あの夢みたいな夜、美しいあなたを見つけて、今こうして、あなたを抱きしめるまで。
そしてこれからも、ずっと…
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