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「ね、ヒョン、いいじゃん。今までずっとそうしてきたじゃん。」

「そん、」

「ほら、ベットに行こう?窓際のベット。いっつもヤるときはそこだよね。」

「ちょ、!」

「なぁに?結局はヒョンだって欲求には敵わないでしょう?」

「何言って…」

「今日こそは跡つけてね。ヒョンいっつもつけないんだもん。不安になるよ。」



コツコツと足音が此方に近づいてくる。
徐々にクリアになる、あの日の彼の姿。そういえば、あの日の一時限目、ヒチョル先生が
サボったとかなんだとかで生徒たちが騒いでいた気がする。

全ての辻褄が解けたときには、目の前に広がっていた残酷な会話の意味さえも頭に、心に染みこんできた。
停止していた思考回路が一気に回りだす。もっと別なところでこの頭の回転の速さを使いべきだと、
ジョンス先生に苦笑いをされてしまいそうだ。


もう、どうすればいいかなんて分かってる。




「ヒョン!!!」




ガバリと勢いよくベットから出ると、彼とヒチョル先生は目を見開いてフリーズ状態になってしまった。
俺はその隙に彼の腕を掴む。思った以上に細くて、ちらりと目の前が光った気がした。



「先生、ちょっとヒョン借ります!」



唖然とする二人を無視して、俺は彼の手を引いて走り出す。
いきなりヒョンなんて呼んで大丈夫だっただろうか。
本当にソンミニヒョンと呼びたいけれど、それを我慢する程度の理性なら持ち合わせている。



俺は只管走った。

あの日出逢った天使が、女神が今、俺の後ろにいる。俺に触れている。




 *******




三階の一番東にある空き教室。ここはもう既に物置化していて、本当なら立ち入り禁止の教室だ。
腕を掴んだまま彼をここまで連れてくると、いつも走るなんて遠ざけている俺の体力は悲鳴を上げた。

肩で息を何度も繰り返していると、ゆっくりと、静かに彼が口を開いた。



「………き、み…あの日の…?」



呼吸を整えながら小さく頷くと、彼の唇が綺麗な弧を描いた。



「なーんだ、びっくりしちゃったじゃん。急にベットから出てくるし、ヒョンって言うし…」

「や、出ていくつもりはなかったんですけど…」



ああいうのって、本能って言うんですかね、と呟くと、彼があの時のように優しく笑った。
さっきとは打って変わって優しい口調。どちらが本当の彼なんだろう。知りたいけど、知った先が恐いような気もする。



「あーあ…ぜーんぶ聞かれちゃったかぁ…」

「あ、や、その…」

「ま、別にいいんだけどね。僕は。ヒョンは怒るだろうけど。」

「……そ、ですか…」



自嘲気味の微笑みを作った彼が、なんだかすごく儚いような気がしてならない。
あの時よりも近くにいるのに、あの時よりも、触れたら消えてしまいそうだ。

何が俺をここまで動かしたんだろう。どうして彼の笑顔が見たいんだろう。


笑ってほしい。微笑んでほしい。貴方は天使で、女神で。
儚い涙は似合うけど、それ以上に、もっと…。




「あ、の、」



自分でも笑っちゃうほど震えている声に、彼は優しく柔らかい声で「ん?」と首を傾げた。



「俺、全部聞いちゃいましたけど、」

「うん」

「ヒチョル先生は、ちょっとおかしいと思う。」

「…なんで?」

「だ、って、こんなに綺麗なヒョンが好きって言ってくれてるのに…」




ぶはっと豪快に吹き出す音が聞こえて、俺は驚いて彼に視線を移す。
結構真面目に…いや、ものすごい真面目に言ったんだけど。

彼は目尻にじんわりと涙を見せて、腹を抱えて笑っている。
疑問だとか悔しいだとか恥ずかしいだとか、いろんな感情の中で一番はっきりとしているのは、
とりあえず、笑ってくれたってことはいいことなんじゃないかという安堵。



「君、変なこと言うね」

「へんな、こと?」

「僕を綺麗なんて、大丈夫?そんな事一度も言われたことないし」



クスクスと笑いながら話す彼だって、ほらこんなにも美しい。なんでみんなは分からないんだろう。

でも、それでもいいのかもしれない。
俺だけが分かっていれば。俺だけが知っていれば。




「……あの…」

「ん?」




この感情がなんなのか、もうはっきりと分かった。
あの日出逢った天使は、どうやら本当に俺の天使だったらしい。




「俺じゃ、だめですか…?」




大きな瞳を更に見開いて、彼の動きが、彼を取り囲む空気が止まる。
浮かぶのは笑顔。眩しくて、美しい、あの笑顔。








保健室で出逢った女神。

神様、僕は今日から、女神と恋をします。
















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